2015/02/21

RP ONLINEの内田&ドラクスラー置き手紙記事

ドラクスラーにメッセージを送る内田
「調子どお?がんばつてる?」
http://www.rp-online.de/sport/fussball/fc-schalke-04/fc-schalke-04-aleskrar-oda-asch-ab-aid-1.4894188


写真キャプション:ユリアン・ドラクスラーと内田篤人は非常に仲が良いとみえる。

2010年から内田篤人はFCシャルケでプレーしている。日本人である彼はもちろんドイツ語を頑張って勉強しているのだが、そう簡単なことではないようだ。チームメイトのユリアン・ドラクスラーに送ったメッセージからわかるように、内田が挑戦する作文はまだ少したどたどしいものの、チャーミングというほかない。

「調子どお?がんばつてる?」。太ももの腱損傷で現在休養中のドラクスラーに尋ねる内田。攻撃の選手であるチームメイトの不在を、極東出身の彼はとても寂しがっているようだ。短いメッセージの最後には「キミはいなくてウシーさみしい ダーリン」。サッカーボールと小さなハートが描き添えられている。


この日本人の彼からのすてきな言葉にドラクスラーは喜び、ファンにシェアするべく、すぐさまフェイスブックでそのメモを公開した。コメント欄はどんどん伸びている。「これかわいすぎるでしょ」と女性サポーター。「内田最高」という意見も多数のフェイスブックユーザーから寄せられている。

W杯優勝メンバーのドラクスラーは昨年10月31日のFCアウグスブルク戦で負傷し、11月に手術を受けた。2月末の基礎トレーニング開始を予定している。

出典:RP/areh



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2015/02/16

SPOX.comのロンバルドコーチインタビュー

シャルケアシスタントコーチ アティリオ・ロンバルド

「『良い』だけではまだ足りない」
http://www.spox.com/de/sport/fussball/bundesliga/1502/Artikel/atillio-lombardo-interview-schalke-weg-von-mancini-arbeit-mit-di-matteo.html


イタリアサッカーでさまざまな顔を持つ男の一人、アティリオ・ロンバルド。49歳の彼は今季からFCシャルケ04でロベルト・ディ・マッテオのアシスタントコーチを務めている。チャンピオンズリーグタイトル保持者、レアル・マドリードとの決戦(水曜20:45、テキスト速報)を前に、ロベルト・マンチーニのもとを離れた理由、そしてシャルケにおける最大の問題点を明かした。

写真キャプション:アティリオ・ロンバルドはユベントスでチャンピオンズリーグ優勝、ラツィオとサンプでカップ戦優勝を果たしている

SPOX:アティリオ・ロンバルドさん、ドーハでの冬のトレーニングキャンプでは急遽プレーヤーとして紅白戦のピッチに立ちました。センセーショナルな復帰劇がもうすぐ見られるのでしょうか

アティリオ・ロンバルド:(笑)もう年だし、地力も落ちているのでついていけないですよ。けが人が多い状況だったので、君も入れないかとロベルト・ディ・マッテオが聞いてきたんです。もちろんそこでノーとは言いません。

プロフィール
  • 1月6日、サンタ・マリーア・ラ・フォッサ生まれ
  • ニックネーム:ポパイ
  • プロ選手としては主に右ウィング
  • サンプドリア、ユベントス、ラツィオなどでプレー
  • イタリア代表として7年間プレー
  • クリスタル・パレス、サンプドリア、マンチェスター・シティなどのイタリア、イングランドのクラブやガラタサライなどさまざまなクラブで指導者キャリアを積む
  • マンシティとガラタサライではアシスタントコーチやスカウティングに従事

SPOX:プレーヤーとしてもアシスタントコーチとしてもそうなんですが、練習を見ているとあなたは常に積極的に動き続けています。すごくアクティブですよね。一方ディ・マッテオはちょっと距離をとっていることもある。監督とコーチの役割は明確に決まっているのですか

ロンバルド:アクティブでいる必要があるのはみんな同じ。このチームを改善する使命があるんですから。プレーの面でもメンタリティの面でもそうです。ただ「良い」だけではドイツではだめ。仕事をちゃんとやっているだけではまだまだです。我々が到達すべきレベルは高い。全員がとても献身的なのはそのためです。

SPOX:シーズン途中での就任、それからまもなく3日周期で試合のある日々が始まり、チームに哲学を浸透させる時間も少なかった。トレーニングキャンプは特に重要だったのでは

ロンバルド:もちろんです。チームのさらなる成長が最重要事項。その意味では、アヤックスやアル・メリックとのテストマッチも大きかった。毎回の練習、毎回の試合が役に立っています。

SPOX:マンチェスター・シティそしてガラタサライでもロベルト・マンチーニと一緒に何年もやってきました。当時の主な任務は対戦相手の情報収集でしたが、シャルケでもそれは業務に含まれているのですか

ロンバルド:いえ、役割は変わりました。ここでは毎日グラウンドに立って監督の相談に乗るという、典型的なアシスタントコーチをしています。私にとってはこの変化がポイントでした。以前のようにもっとグラウンドに立つことが夢で。だからロベルト・ディ・マッテオから打診があったときにその挑戦を受けることにしたんです。

SPOX:チームにより近付けるからというのが、マンチーニのもとを去ってディ・マッテオとやることにした一番の理由であると

ロンバルド:はい。正直、ロベルト・マンチーニから離れるのは簡単ではありませんでした。マンチーニはヨーロッパで4、5本の指に入る監督で、一緒に働けるのは特別なこと。それでも私は新しい経験がしたかった。チェルシー退任後に新たな任務に取り組もうと考えていたロベルト・ディ・マッテオもそうです。その彼が「一緒に来て補佐をする気はないか」と聞いてきた。渡りに船でした。

SPOX:マンチーニとディ・マッテオはかなり違いますか

ロンバルド:マンチーニは戦術的なことに非常に重きを置いています。練習では選手を10人だけにして見ることが多い。ディ・マッテオは全グループ合同でやる。でもメンタリティに関しては違いはあまりないですね。

SPOX:その二人はイタリアサッカーを象徴していると

ロンバルド:マンチーニに関して言うなら、イエス。ロベルト・ディ・マッテオはイタリア、イングランド、スイス、ドイツの哲学を統合しています。

SPOX:ドイツに来て2、3ヶ月がたちました。これまでに「典型的なドイツ」だと感じたことは何ですか

ロンバルド:勝ちに行くプレーをするというメンタリティには、我々もすぐ気付きました。相手が来るのを待つことはないし、信条であるかのように後ろで引きこもるということもなく、攻撃の一手を探る。これはいいことだし、ドイツのサッカーファンが見たいと思うものでもあります。ファンたちはゴールが欲しいし、自分のチームが攻めるところを見たい。我々は一度ここで引きこもって、チェルシー相手に5ゴール浴びてしまいました。最初にして最後ではありますが。

SPOX:ミュンヘンでのバイエルン戦は例外ですね、シャルケが数的優位の状況で70分間プレーした……

ロンバルド:そりゃバイエルンですから。数的不利でも極めて危険で、一人欠けても違いがないと言えるほど高いレベルでプレーするので。

SPOX:新しい監督チームを迎えてからのシャルケには――その例外を除いては――上向きな変化が出てきています。理想としてはFCシャルケ04にどうなってほしいと考えていますか

ロンバルド:我々はここで何かを変えたいです。シャルケは監督交代を決断し、ロベルト・ディ・マッテオと契約することで哲学を変えることをも決断しました。我々の哲学とは、毎回の練習で一生懸命にやること。技術、戦術、そしてフィジカルの面で仕事に取り組んでいきたいです。

SPOX:その弱点には練習を行う中ですぐに気付きましたか

ロンバルド:就任前のシャルケは見ていないのですが、チームは何よりけが人の多さに苦しめられていました。ドーハではラルフ・フェアマンとデニス・アオゴ。ユリアン・ドラクスラー、レオン・ゴレツカ、ジェファーソン・ファルファンの離脱はそれよりも前からという。彼ら負傷者が戻ってくれば良くなるはずです。

SPOX:チームの柱がこう多く抜けていると、監督陣にとっても戦略の導入は簡単ではないのでは

ロンバルド:ええ、もちろん。後半戦の幕開けにはハノーファー、バイエルン、グラートバッハの3試合が1週間内に控えていたのに、ウィンターブレイクでは選手がちょうど11人なんてこともあったんですよ。10月に現体制がスタートしたときも手持ちの駒はひとかたまりだけという状態で、年末までそれでブンデスリーガもチャンピオンズリーグも戦い抜くことになって。これは選手にとっても我々にとっても簡単ではありませんでした。

SPOX:補強にも着手し、マティヤ・ナスタシッチを獲得しました。3バックでプレーできるからというのが主な理由でしょうか

ロンバルド:ええ、そこは大きなポイントでした。3バックはこれからも続けたい。このシステムのほうが合っているし、チームをより良く成長させることができると我々は考えているからです。チームの特色がより出せるのです。

SPOX:そのシステムを成熟させるには新戦力は1人で足りるのですか

ロンバルド:故障中の選手たちを待たねばなりません。ドラクスラーにファルファン、コラシナックにマティプ、そしてゴレツカと。彼らが2月に戻るなら、新たな選手は必要ありません。

SPOX:ナスタシッチの話に戻ります。彼のことはマンチェスター・シティ時代に一緒だったのでご存知ですよね。ここではどのような戦力になりそうですか

ロンバルド:強い選手なんですが、マンシティではマンガラ、コンパニー、デミチェリスと、ライバルが非常に多かった。まだ若いけれども、イタリアとイングランドでいくらか経験を積めています。たくましい選手で、ここでいい仕事ができるはずです。

SPOX:買い取りオプションを行使するなら、ナスタシッチにはドイツ語を勉強する必要も出てきます。ロンバルドさんたちは以前からドイツ語のレッスンを受けていたそうですね

ロンバルド:いやあ、ドイツ語は難しい言語ですよ、少なくともトルコ語と同じくらいには。それでも勉強しないと。選手たちを伸ばしたいなら、コミュニケーションを取る必要がありますから。

SPOX:ドイツでの生活は気に入っていますか

ロンバルド:ええ、とても。イングランドと似ている部分がたくさんあって。スタジアムからほんの3分のところに住んでいるので、サッカーの街の空気を満喫しています。トルコでもそうでした。人々がサッカーに生きている様子といったら、あちらもすごかったですよ。

SPOX:トルコの道路交通を懐かしく思うことは (※訳者注: "イスタンブール 車 運転" などで検索を)

ロンバルド:(笑)いやいや、ないですね。

インタビュー:Fatih Demireli



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2015/02/08

バルネッタ公式フェイスブックページのQ&A動画

バルネッタが1月30日に公式フェイスブックページでファンから質問を募集。

Hallo liebe Facebook-Fans,Ich hoffe, ihr habt ihr die fussballlose Zeit unbeschadet überstanden und dass ihr euch...

Posted by Tranquillo Barnetta on 2015年1月30日
「フェイスブックをご覧のファンの皆さん、こんにちは。サッカーのない期間を無事乗り越え、後半戦開幕を僕と同じくらい楽しみにしているのではないでしょうか!この機会にミニQ&Aスペシャルを開催しようと思います。僕に聞いてみたかったことを、この投稿のコメント欄経由で送ってください。一番いいと思った質問にビデオメッセージでお答えします。皆さんからの投稿を楽しみにしています!」

そして2月8日にそのQ&A動画をアップ。

Hallo liebe Facebook-Freunde, in nachfolgendem Video beantworte ich einige eurer Fragen, die ihr beim letztwöchigen Q&A...

Posted by Tranquillo Barnetta on 2015年2月8日
「フェイスブックをご覧の皆さんこんにちは。先週送ってくれた質問に動画でお答えします。おまけのQ&Aも少しあります。皆さんのおかげで完成したインタビュー、お楽しみください。ご協力ありがとうございました!」

Q:紫色のブレスレットには何か意味があるの?

A:あのブレスはブラジルの思い出の一つで、チームメイト4、5人とだったかな、一緒に買ってみんなで着けることにしたんです。ラッキーチャームのようなものだけど、僕は縁起を担ぐタイプじゃないし、ブレスが切れてももう何も意味はないと思います。


Q:少年時代に憧れた選手は?

A:ずっと憧れてたのはジネディーヌ・ジダンです。何年もの長い間トップレベルでプレーしてきて、ずっと高いパフォーマンスを見せてきたことがとにかくすごいなと。個人的にはすっごく特別な思い出があって、2005年だったと思うんですけど、スイス対フランスの試合に出たんですね。そこで憧れだった彼の前でプレーさせてもらえて、しかも彼とユニフォーム交換までできました。今そのユニは家の特別な場所に置いてあります。本当に特別な思い出です。


Q:ずっとプロサッカー選手になることが夢だった?

A:子どもの頃は観客が6万人いるスタジアムに入って行く自分を夢見たりするものだけど、僕はプロの選手になろうと思ってサッカーをしていたわけじゃなくて、とにかく楽しいからやっていただけでした。練習もいつもすごく楽しかったし、それは今も同じで、だから楽しいと思うかぎりプレーを続けると思います。それにはもちろん体が資本ですけど。でもまず楽しいという気持ちがあってこそじゃないでしょうか。


Q:プロサッカー選手は現役を終えたらどうするの?

A:自分が引退後に何をするのか、今のところはまだよくわかりません。いくつか可能性があると思うけど、兄貴や親父のところで何か全然違うことをするかもしれないし、ちょっと流れに任せてみるかなと(※訳者注:トランキーロの父トランキーロは病院などの大きな調理場専門のコンサルタント会社と息子のマネージメント会社を経営しており、兄アレッサンドロは父の会社を手伝う傍らユニフォーム等のグッズを扱うオンラインショップを経営している)。でもやりたいことは必ずしもサッカーとは思ってなくて、少なくともプロサッカー関係、トップレベルの監督とかスポーツディレクターとかはないかな。トップレベルのサッカーからはとりあえず距離を置いてみると思うけど、それ以上のことはまだあまり考えられないです。


Q:公式戦の前の日はどう過ごしてる?

A:試合の前日はだいたい16時に練習があるんですけど、それまでにできることってそんなにはないんです。夜はホテルの部屋で、特別何かするわけでもなくて、テレビ見たり本を読んだりしてますね。僕はローマン・ノイシュテッターと同部屋なので、一緒にいることが多いです。


Q:ファン絡みで最も変なエピソードは?

A:ファンとのふれあいで一番おかしかったのは、とあるファンが家のドアの前に立っていたことですね。その人に悪気はなかったんだけど、僕は自分の住んでるところは知られてないと思ってたから、初めは正直ちょっと気味が悪かったです。その人とは少し話をしてお互いわかり合って、それで再発することもなかったので、今となっては大したことではないです。


Q:サッカーをすることになったきっかけは?

A:僕も例にもれずサッカー一家の生まれで、親父も兄貴もやってました。歩き始めてすぐにサッカーを始めたようなものなので、ずっとこのスポーツをしているのは当たり前な感じです。


Q:これまでにファンからもらった最高のプレゼントは?

A:一番うれしかったのは手作りのオートグラフカードです。オートグラフカードを送った男の子から2週間後に手描きのオートグラフカードが届いたんです。あれはすごくうれしかったです。


Q:ホテルで同部屋のチームメイトは誰?

A:アウェーの試合のときはいつもローマン・ノイシュテッターと同部屋です。知り合ってもう3年になるけど、最初からルームメイトは彼だったんですね。もちろんお互いの癖も知ってるけどすごく仲がいいし、チャンピオンズリーグだったりイングリッシュ・ウィーク(※訳者注:週末プラスミッドウィークにも試合がある期間)でホテルにいる時間も多いから、気心の知れたいっぱい笑える仲間がルームメイトなのはいいことだと思います。


Q:お兄さんから見た「人としての自分」と「サッカー選手としての自分」は?

A:他人をどう評価するかというのは兄貴にとっても難しいことだろうけど……スポーツの面ではたぶん「向上心がある」とか「目標に向かってひたむき」だと言うんじゃないでしょうか。人としては「返しがうまい」とかかもしれないです。


Q:今やブームになりつつある口ひげを生やすようになったきっかけは?

A:口ひげは毎年11月に伸ばしてるんですけど、これはMovemberキャンペーンのためなんですね。僕は3、4年前から参加してて、チームでも何人か巻き込むのに成功してます。ちょっとした流行りになったのはうれしいです。


Q:Tranquilloという名前の由来と意味は?

A:ファーストネームのTranquilloはイタリア語で「静かな」という意味です。どうして両親がその名前を付けたのかはよくわからないけど、うちは親父も祖父も名前がトランキーロだから、その関係だと思います。


Q:一番好きな背番号は?

A:一番好きな背番号は7番です。この番号で代表戦にたくさん出ていますし。ザンクト・ガレンでサッカーを始めた時の番号は17で、今は27なので、いつも7が付いた番号でやっていることになります。



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2015/01/08

ARD SPORTSCHAUのトーマス・クロートインタビュー

トーマス・クロート インタビュー
選手エージェント - 「日本人はブンデスリーガに合っている」
http://www.sportschau.de/fussball/international/interview-thomas-kroth-asien-cup100.html


アジアカップに出場する日本代表メンバーにはブンデスリーガの選手が6人いる。極東出身選手のエキスパートといえばトーマス・クロートだ。なぜ日本人がこれほどブンデスリーガに合うのか。元プロ選手の彼が語る。

選手の代理人を務めるクロートさんは、ドイツサッカー界ではまさにアジアのエキスパートで通っています。金曜日(2015年1月9日)にアジア最高峰のナショナルサッカーチームによる選手権大会、アジアカップがオーストラリアで始まりますが、優勝候補はどこだと思いますか

トーマス・クロート:日本とオーストラリアですね。日本は現在アジア最高のチームだと言われています。2005年からアジアサッカー連盟に加盟しているオーストラリアは、開催国であることがプラスに働くでしょう。

クロートさんはアジアのスペシャリスト。これまでに香川や長谷部、乾や内田といった選手をブンデスリーガに連れてきました。アジアカップは現地で?

クロート:いえ、日本代表にいる選手についてはもう生で見る必要はありません。彼らのことは知っているので。それよりもずっと興味があるのは、日本のクラブの試合だったりユース代表の国際試合です。ほぼ6週間ごとに日本へ行っていますが、そのときはいつも試合も観るようにしています。まだそれほど知られていない才能を見つけ出せますから。

2010年にボルシア・ドルトムントに斡旋した香川真司が大当たり。センセーショナルな移籍を成功させました。これがアジア市場へのチケットになったのでしょうか

クロート:日本との関係が始まったのはもっとずっと前です。初めて日本に関わったのは、1978年から1981年に1.FCケルンで一緒にプレーしていた奥寺康彦がきっかけでした。1993年に奥寺はピエール・リトバルスキーに日本のジェフユナイテッド市原・千葉を勧めていました。奥寺自身は当時、日本の1部リーグのクラブでゼネラルマネージャーをしていて。それで私が直接日本にコンタクトを取ったのです。リトバルスキーの引退試合では私も現地にいましたよ。次の展開が始まったのはそこからです。ミヒャエル・ルンメニゲやラインハルト・シュトゥンプ、ネディエリコ・ゼリッチといった選手を日本に移籍させました。そして2003年にハンブルガーSVで契約にサインした高原直泰。私の勧めで日本からブンデスリーガに来た最初の選手です。これが私にとっては扉を開く鍵のようなものになりました。

写真キャプション:彼からすべてが始まった――高原直泰

当時すでに選手代理人として約10年のキャリアを積んでいました。アジア市場において変えなければいけない点はありましたか。仕事のやり方に違いは

クロート:そうですね、まず日本ではブンデスリーガがあまり知られていませんでした。有名なのはイングランドのプレミアリーグで、その次がスペイン、イタリア。選手と話をする際には、まずDVDでブンデスリーガの試合を見てもらわなければいけませんでした。そうして年が経つにつれて、日本人のメンタリティというもの、それは交渉においてもそうなんですが、その価値に気付きました。我々のところと比べて何でも少し時間はかかるのですが、極めて確実にあらゆる事が運ぶ。日本人は徹底しているし信頼できるのです。

あちらではどのように選手エージェントとして名を得ることができたのでしょう。選手やクラブの幹部、ディレクターとのコネクションはどう構築したのですか

クロート:現地のサポートもありましたが、自ら出張することも多かったです。多方面にコネクションを作り、そこから長年にわたる密なネットワークが生まれました。ディレクターやクラブの幹部だけでなく、広告代理店やメディアともタッグを組んで。例えば、有料テレビ放送局のWOWOWにはエキスパートとしてよく参加していましたし、様々なサッカー雑誌にコラムを書いたりもしました。

現在あなたのアジアビジネスに関わっているスタッフの数は

クロート:日本にはダイゾー・ミカドという一番大事な腹心のパートナーがいます。それ以外に半ダースぐらいの人数からなるネットワークがあり、緊密かつ全幅の信頼を置いて仕事をしています。

ドイツブンデスリーガ1部と2部に斡旋してきた日本人の数は1ダースを超えます。全ての日本人有望サッカー選手にとって、ドイツは憧れの舞台になったのでしょうか

クロート:それは現在もこれからもイングランドです。しかし日本人選手がブンデスリーガでうまくやっている状況はもちろん注目を集めています。高原が2003年に来たときは、一人ぼっちも同然で大変だったと思います。今では選手の数も増え、選手同士で連絡を取り合い、情報交換し、顔を合わせています。それに我々がクラブと協力して、しっかり面倒をみています。生活のあらゆるシチュエーションでサポートしているので、選手たちはここでうまくいくのです。そういう評判ももちろん業界に広まっています。

日本人選手にとってドイツサッカーは特に相性がいいということもあるのでは

クロート:ええ、そうです。敏捷性、スピード、そして技術的な面で非常によく育成されています。日本のプロリーグ、Jリーグが1993年に始まって以来、日本のサッカー育成は大きく動きました。プロチームはユースのサッカースクールを創設しており、高校と大学では徹底的に鍛え上げられる。パスプレーに戦術理解――全てがすでに非常に高いレベルにあります。それに加えて、日本人はドイツ人にメンタリティという点で似ていると私は思います。非常に信頼できる。それがここに合っているのです。


インタビュー: Olaf Jansen



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2014/11/03

WAZの内田篤人契約延長&アウグスブルク戦の記事

内田
シャルケの信頼に熱く応える内田

http://www.derwesten.de/sport/fussball/s04/uchida-rechtfertigt-das-schalker-vertrauen-mit-leidenschaft-id9999025.html


写真キャプション:FCアウグスブルク戦の勝利をシャルケのチームメイトと喜ぶ内田(中央)

ゲルゼンキルヒェン。 日本出身の右サイドバックは、サッカーブンデスリーガ1部・シャルケ04のチーム内で確固たる地位を築いている。水曜日のスポルティング・リスボン戦を前にした今も、彼の評価は揺るぎない。この26歳は、契約を延長した後のFCアウグスブルク戦で、シャルケのベストプレーヤーになった。

FCシャルケ04の練習場で、あるサッカー選手だけに熱い視線を送る若い日本人女性の姿が見られるのは珍しいことではない。ケーニヒスブラオ(※訳者注:シャルケのこと)の試合後には、インタビューエリアで日出ずる国の記者たちがその光の周りにひしめき合う――。内田篤人、シャルケの右サイドバック。自国では大変な人気を誇る大スターだ。

ここ数日間、彼はとりわけ注目の的となっている。この26歳は先週、自身の契約を2018年6月までさらに3年延長した。するとさっそく、FCアウグスブルク戦の1:0の場面で、クラブの信頼に熱く応える意思を示してみせた。2010年に鹿島アントラーズから青と白のクラブに来た『ウシー』は、そのピッチ上で大差をつけてのベストプレーヤーになった。

ヘルト:「一度シャルケに来た者はもう離れられなくなる」

水曜のチャンピオンズリーグ、スポルティング・リスボン戦を前に、多くの離脱者に頭を悩ませる監督のロベルト・ディ・マッテオは、またも11人のメンバーを編成しなければならない。しかし、右サイドバックには頼れる安定の主力――内田篤人がいる。7ヶ月の負傷休養を経てようやく9月に復帰し、すぐさま以前と変わらぬコンディションを見せつけた彼の評価は揺るぎない。「とてつもなく頼りになり、長期間にわたって変わらぬレベルでプレーしている」と称賛するスポーツディレクターのホルスト・ヘルト。契約のサインに内田はクラブスーツにネクタイ姿で来たという。「彼にすっかり食われてしまった」とヘルトは笑った。

この日本人にはACミランやバレンシアCFが触手を伸ばしていたが、本人が選んだのは信頼だった。ヘルトは再び笑って、「一度シャルケに来ると、もう他へ行きたいとは思わなくなるもの」。内田は国籍に相応しく丁重に答える。「シャルケはすばらしいファンのいる特別なクラブ」。

ルール地方に敬意を表する内田

シャルケの選手の多くが住むデュッセルドルフには、大きな日本人コミュニティも存在する。だが、内田はゲルゼンキルヒェンに住んでいる。サッカー雑誌『11 Freunde』の心温まる寄稿の中で、彼はルール地方に敬意を表している。炭坑内ツアーで「恐れを抱いたと同時に感動し」、"Glückauf" の意味も知っているという。「ここが好き」と断言する『ウシー』。ずっと前からシャルケファンの人気者になっているのも当然だ。

Peter Müller



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